残されたロックのチケット半券を眺めながら、1970年代からの来日ロック公演と横浜野外音楽堂(横浜野音)などで繰り広げられた横浜・本牧のロックをチケット半券をたよりに振り返る。

1970年代のロックを、当時のチケットから振り返る、海外からのロックだけでなく、横浜野音などで繰り広げられたロックも!

 日本武道館は行き付けのライブハウスだ。ロック・コンサートに行くために小遣いを必死に貯めていたせいかチケットの半券は捨てる事は出来ず、いつの間にか宝物になってしまった。お気に入りのチケットは額装していたため日焼けしてしまい、ずれ防止に接着剤や画鋲止めを使っていたので見苦しいモノが多いですが、お許し下さい。

1971〜1975

 1970年代、ロックに目覚めたのは坊主頭の中学生の時。親に英語の勉強と称してレコードプレヤーを買ってもらい、毎日ロックを聴いていた。高校に入ってからはロック仲間と共にレコード屋、楽器屋、そしてライブハウスへと熱心に通っていた。

グランド ファンク レイルロード / Grand Funk Railroad 71/7/17

グランド ファンク レイルロード / Grand Funk Railroad 71/7/17 ライブ・デビュー! 何しろ、初めてである。何が起きても、全て、初体験の高校生だった。とは言え、あまりにも衝撃的で忘れられない。これこそ「伝説のライブ」と語り継がれるべきライブだ。
 真夏の7月17日。今ではビックエッグと呼ばれる屋根付きドームだけど、当時は野球をするためだけの野球場だ。屋根は無い、アリーナ席も無い、アーチストを映し出す巨大ヴィジョンも無い。グランドの真ん中に、山積みのアンプがセットされたステージがあるだけ。
 前座の麻生レミとマッシュ・マッカーンが演奏を終え、いよいよGFRの登場か、と言う時に、空模様が怪しくなってきた。雷が鳴り、雨、風、そして雹(ヒョウ)だか霰(アラレ)まで降ってきた。
 嵐である。ステージ前の看板が風に飛ばされ、機材にビニールシートをかぶせ、司会の糸居吾郎氏がステージ上で「もう少し、お待ち下さい」と言うアナウンスも命がけの状態。小一時間も待ったでしょうか、雨の中に大音量でGFRの登場だ。
 インディアンの血筋と言われるマーク・ファーナーがステージに立っている。音は予習していた2枚組ライブアルバムにそっくりだ!、ご本人達だから当然なのだろうネ。GFRは大雨に打たれながらの演奏でしたが、私の席はアルプススタンドの下だったので濡れませんでした。

クリーデンス クリアウォーター リバイバル / Creedence Clearwater Revival 72/2/29

クリーデンス クリアウォーター リバイバル / Creedence Clearwater Revival 72/2/29 CCR(クリーデンス クリアウォーター リバイバル)は大好きなバンドだ。初めて買ったLPレコードは「Willy and the Poor Boys 」だった。
 絶対にジョン・フォガティーは格子縞のシャツ、バンダナ、皮パンツ、ウエスタンブーツで決めて来ると信じていたのに、現れたのはウエスタンスタイルのブルーのスーツだ。
 予想通り「Born On The Bayou」で始まった。ファン・クラブにも入会するくらいだったし、レコードもほとんど聴いていたから、知らない曲は無かった。インタビューでも、「長いライブはダレるだけ。一時間位がベスト」と言い切っていたから、定番のラストナンバー「Keep On Chooglin'」が始まったときは、この曲で終わっちゃうのかって思った。
 アンコールも無く一時間程でライブ終わり、早々に家に帰ったのだった。

 チケットを見ていたら、なんだか妙な気持ちになった。バンド名のスペルが間違っている、しかも2文字も・・・・。
 確か、このオーストラリア公演の前後に日本公演が組まれていて、この映像が当時のCCRのはずです。
 トム・フォガティーが脱退してトリオでのライブ。この後、アルバムを一枚出して解散しました。

テン イヤーズ アフター & プロコル ハルム / Ten Years After & Procol Harum 72/5/4

テン イヤーズ アフター & プロコル ハルム / Ten Years After & Procol Harum 72/5/4 ジョイントコンサート、一粒で二度美味しいヤツだ。「青い影」のプロコル・ハルムと早弾きアルビン・リーのテン・イヤーズ・アフター。見逃す訳には行かない。問題は金だ。GWで数日後にはフラワー・トラヴェリング・バンドも控えている。
 武道館はCCRで体験していて、アリーナなら話は別かも知れないが、その他の席なら一階でも二階でも似たようなものだろうと思っていた。何しろS席は三千円、C席なら2回行けるのである。答えは簡単、C席で2回に即決。それにしても、今のチケット代からすると信じられないくらい安い。
 二階の奥からでも十分幸せだった。暗くなったら正面に行って観たり、席に戻って聴いたりしていた。
 テン・イヤーズ・アフターの「I'm Going Home」に大感激して会場でLPレコードを買って帰ったのだった。 


フラワー トラヴェリン バンド / Flower Travelling Band 72/5/7

フラワー トラヴェリン バンド / Flower Travelling Band  72/5/7 内田裕也氏プロデュースでアメリカでも活躍していた、ジョー山中Vo.のバンドだ。
 今は無き横浜野外音楽堂が会場だ。横浜スタジアム建設の際「公園法」の適用で取り壊されてしまった。「公園法」には、公園内における建物の占める面積の規定などがあって、スタジアムが出来る事によって野音の面積分が無くなってしまったのだ。取り壊し反対の署名などもしたが、結局はスタジアムの押し出しで野音は消えた。
 あの日、午後一時開演のコンサートは、予想外にも時間通りに始まった。前座の「李世福グループ」からメインアクトのFTBへもテキパキと入れ替えられた。トラブルもなく演奏が終わり、最後に内田裕也氏が登場し、「今日はこの後、NHKでクリームの放送があるから観るように」とのお達しがあり、当然皆その言葉に従ったのは言うまでもない。

エマーソン、レイク&パーマー & フリー / ELP & FREE 72/7/22

エマーソン、レイク&パーマー & フリー / ELP & FREE 72/7/22 お目当ては、FREEだ。バンドで「All Rigth Now」をレパートリーにしていたのもあるが、ロック小僧でシャウット系のヴォーカル、ブルース・フレーバーのギターサウンドが大好きだから仕方ない。
 しかし、あの日のFREEは絶頂期ではなかった。ギターのポール・コゾフは脱退して、ポール・ロジャースがヴォーカル&ギターだが、やはり弱い。体調もベストではなかったらしい。数曲、わずか3〜40分ほどで終わってしまったのだった。

 かなり待たされてメインのELPの登場で会場は盛り上がったけど、自分自身は冷めていたなぁ。キース・エマーソンがオルガンにジャックナイフを突き刺すパフォーマンスが有名だった。この日のライブでは、ジャックナイフではなく日本刀が使われた。野球場で、今のようにオーロラビジョンもない時代だったから、日本刀を使ってくれたのが良く見えて印象的だった。

ディープ パープル / Deep Purple   72/8/17

ディープ パープル / Deep Purple   72/8/17  確かイアン・ギランの体調が悪くて、日本公演が延期になり、夏休みだったからか一人で武道館に行ったのを、チケットの日付けを書き直しているのを見て思い出した。
 オープニングから、「Highway Star」「Smork On The Warter」の連発だ。絶頂期ならではのセットだ。
 後に「Made In Japan」が発売されたとき、このジャケットの後ろの方に自分も写っているかも知れないと思った、記憶にも記録にも残る一日だった。

レッド ツェッペリン / Led Zeppelin    72/10/3

レッド ツェッペリン / Led Zeppelin    72/10/3 この日の朝は風邪で38度の熱があった。当然、学校は休んで近所の内科医に行った。医師に「午後にはどうしても行かなくてはならない用事があるので、注射でも薬でも良いから治して欲しい」とお願いして注射をされた。3時過ぎまでは家でおとなしく寝ていた。熱も下がり、準備万端。母親のキツイお叱りを背に出発した。

 ロバート・プラントの声の調子がかすれているようでイマイチだった。
 気になったのは、彼の股間だ。いつもの通り2階の後方から観ているのに、ベルボトムジーンズの股間に赤い物がチラつく。ツェッペリンのセックスシンボルだからって、何かイケナイ事をしているみたいだ。後日雑誌の写真を見たら、あの赤い物は、イギリス国旗の刺繍だった。


スリー ドック ナイト / 3 Dog Night   72/12/22

スリー ドック ナイト / 3 Dog Night   72/12/22 スリー ドック ナイトか・・・。なんて、チョットなめていた。ロック小僧で、しかもギター小僧だから、お許しを・・・。
 ライブが始まったら、「One」「Liar」「One Man Band」「Mama Told Me」・・・何しろフロントの三人がヒット曲を連発で攻めて来る。これで、盛り上がらないわけが無い。
 「Joy To The World」で決まりだった。






3Dog Night

ユーライア ヒープ / Uriah Heep   73/3/16

ユーライア ヒープ / Uriah Heep   73/3/16 「対自核」このタイトルは記憶に残っている。意味が解らない世界だ。
 洋楽が日本版で発売されるときに、この手の難解なタイトルに出会い戸惑うのは日常茶飯事だ。
 さて、このライブだが、全く記憶が蘇らない。記憶喪失状態。なんと武道館の映像まで残っているのに、このザマだ。どうしてだろう。確かに、ユーライア・ヒープはレコードもCDも持っていないからなのか、何も蘇らないのだ。 ゴメンナサイ。

幻の LIVE IN JAPAN / Rolling Stones

 テレビでこのストーンズ日本公演のチケットを買うために三日並んだ人がいると報じていた。僕等ロック小僧達は発売から2〜3日過ぎてから、桜木町の読売プレイガイドに行ってチケットを手に入れた。
 記憶ではチケット代の他に手数料を2〜300円取られた。今まで手数料なんて払った事は無かったが、さすがはストーンズだ。しかし、当時の外務省は入国を許さず、幻となった。チケットの払い戻しはされたが手数料は返って来なかった。
 

ジェフ ベック グループ / Beck Bogert & Appice 73/5/14

ジェフ ベック グループ / Beck Bogert & Appice   73/5/14 「ベック・オラ」に入っている「監獄ロック」が目茶苦茶カッコ良くって何度聴いてもドキドキする。大きな音で聴けば尚更だ。もちろん他の曲もだけど、あの曲は特別だ。「Going Down」「迷信」もだから、云ってしまえば、ジェフ・ベックを大音量で聴ければ幸せになれる。それは、現在でも新譜でも同じだ。
 ジェフ・ベックのギターサウンドは斬新さと繊細さが同居していて、それが何時襲ってくるか想像付かない。
 3枚組BOX「ベッコロジー」に入っている、ヤードバーズ加入以前のプレーを聴いても同じだ。
 この人は、生まれた時からジェフ・ベックだったんだナって、妙な安心感を持った。

ロッド & フェイセス / Rod Stewart & The Faces 74/2/20

ロッド & フェイセス / Rod Stewart & The Faces   74/2/20 武道館に入って席を見つけたら照明スポットライトが設置されてる。北西T,U,V,列だったと思う。勿論C席だ。高校生で会場に入れれば満足だったので一番安い席しか買わなかった、否、買えなかったのに、その席すらハズレだった。
 
 ウドー音楽事務所の人を見つけ説明したら取り替えてくれたのが、このチケット。右端には「御招待」の印。A席の値段もマジックで消してある。ステージ真正面のF列だ!一緒の仲間も大興奮。こんな良席は初体験だった。
 
 「ROCK SHOW」の始まりはステージ右側に作られたゲートの電球の点滅から始まった。デキシーランドジャズ風のBGMに乗ってメンバーが踊りながら登場だ。山本寛斎作だろうか、浮世絵のデザインのようなズボンを履いたロン・ウッドがはしゃいでいる。ベースは山内テツだ。彼のMCでスタートしたライブを真正面の席から夢見心地で拝んでいた。

エリック クラプトン / Eric Clapton  74/11/1

エリック クラプトン / Eric Clapton  74/11/1 エリック・クラプトンが復活した。と言われても、ロックを聴きだして数年しか経っていない。現代と違い、ロックの最新ニュースを知るのに数週間はかかるのだ。
 「休業していた」と言うより、待っててくれた感じだ。その間に、ブルース・ブレーカーズ、クリーム、デルク&ドミノスを聴きまくっていたのだからライブに行くのは当然だ。
 ギターの神様を生で見れる。

 照明が暗くなり、クラプトンの登場だが彼の抱いていたのは「アコースティク・ギター」だ。静かなボソボソした曲で始まり、なんだか拍子抜けだった。
 数曲そんな感じが続き、やっとエレキギターを持ったもののソロパートの多くはジョージ・テリーが弾いている。難解なギターソロにのけぞるクラプトン。後半の「レイラ」でやっと爆発したのだった。 

World Rock Festival Eastland 75/8/7

World Rock Festival Eastland   75/8/7 内田裕也氏プロデュースによるロック・フェスだ。イメージとしては日本版のウッドストックかな。
 海外からはジェフ・ベック、フィリックス・パッパラルディ、ニューヨーク・ドールス、日本からは、クリエイション、四人囃子、カルメン・マキ、ジョー山中などが参加した。
 お目当ては、ジェフ・ベックだったのは確かだ。午後2時の開演で、まだ明るい時間の結構早い出番だった。一塁側のブルペンあたりから、オープンカーに乗ってステージに上って行く姿が記憶にある。その日はジェフ・ベックが風邪で体調が悪かったそうで小一時間のステージだった。
 真夏の昼間、後楽園球場のアルプススタンドでの長丁場のフェスだった。

Last Summer Festival Gut’s in Yokohama 75/9/21

Last Summer Festival Gut’s in Yokohama    75/9/21 「からすの羽根」が主催するロックコンサートはよく観に行った。横浜野外音楽堂はその本拠地だったはずだ。
 この日はかなり大規模だった。出演者を見れば横浜の重鎮が勢ぞろいして、ヘッドライナーのダウンタウンブギウギバンドが浮いていると感じさせるラインアップだ。
 タイトルにある「Gut's」を感じたのは、パワーハウス・ブルース・バンドの演奏した「Shake Your Moneymaker」。納得の一発で決まりだ。
 柳ジョージ&レイニーウッドを初めて聴いた時だと思う。ライブの最後に全員がステージに出てきた時には、飲み物を片手にした柳ジョージさんが、かなり良い気分になられていた様子だった。

エリック クラプトン / Eric Clapton  75/11/1

エリック クラプトン / Eric Clapton  75/11/1 ジャスト一年ぶり。初来日の時とは大違いだった。しょっぱなから「レイラ」だ。会場は大盛り上がりだ。間違い無い、これぞクラプトンだ。
 「Badge」,「Can't Find My Way Home」、「Tell THe Truth」などが演奏され狂喜したのだった。

 こうして、30年以上も過ぎてから想うのは、初来日の時は復活したばかり、しかもブルースギタリストとしての重荷を下ろしレイドバックとか云う心境で、音楽に対する姿勢がギタリストから少し離れていたのかもしれない。一年が過ぎ、少しまた心境の変化があったのだろうか。